面白い電子制御の話 その5


電気の歴史は蛙の足から始まった!?

2000.10.4
電子制御システム工学科 森谷明弘




 今から約200年前の半世紀の間(1800-1850)ほど電磁気に関する発明発見があい次いだ時期はなかったと言えます。それは電磁気学に出てくる「単位」にその時期に活躍した研究者名が付けられていることからも分かります。(表1)

表1電磁気学研究者年表
数字は西暦を表す。名前の前後の数字はそれぞれ生誕、死亡の年を示す。

 クーロン(電荷)、ヴォルタ(電圧)、エルステッドとガウス(磁界)、アンペール(電流)、ヘンリー(コイルの誘導係数)、オーム(電気抵抗)、ファラディ(コンデンサの容量)、ウエーバ(磁束)といった具合です。ファラディにいたっては電磁気学、化学の分野で信じ難いほど多くの重要な新発見を行っています。 また、ファラディの師でもあったデービーはこの時期に、現在知られている103種類の元素のうち8種類も発見しているのです。
 この洪水のような電磁気学の発見の堰(せき)を切ったのはちょうど200年前、西暦1800年のヴォルタによる電池の発明です。それまでは摩擦で発生させた静電気をライデン瓶とよばれた蓄電器にためておき、そこから電気をいっきに放電してしまうような電源しかなかったのです。電池の発明により途切れることのない電流(直流)が得られるようになったのです。これより、エルステッドによる電流磁気現象(導線に電流を流すと磁針が動いた)、アンペールによる電磁気力の発見(二本の導線に電流を流すと互いに力を及ぼしあった)、ファラディによる電磁誘導(一方のコイルに電流を流すと近くにある他方のコイルにも電流が発生した)の発見などの電気と磁気の関連性が次々と明らかになっていきます。これらは現在のモータや発電機の製造につながっています。 化学分野では電気分解などの新しい解析技術で新元素が発見されていくのです。電池の発明はまさに17世紀の天文学における望遠鏡の発明と同じような重要性をもつものだったと考えられます。
 この電池の発明のきっかけとなったのは今回の表題にある蛙の足であったとしたらこれはまた大きな驚きでしょう。そもそも電気が流れる、すなわち電流というものが存在すると考えられるに至ったのはガルバーニ(表2)の動物実験によるものです。このため、いまでも電流計はガルバノメータ(アンペールが命名)とよばれています。

ガルバー二(1737-1798)
ヴォルタ (1745-1867)
1775北イタリアのボロニア大学解剖学教授、1789カエルの足のけいれんを発見、その足を検電器として用いる。1796ハレ大学のグレンによってガルバー二電気の命名。その後ボロニアを占領したナポレオンへの忠誠を拒否、追放される。 1798死去、61才 北イタリアのコモで生誕、コモ王立学院卒業。1764同学院物理学教授、1779パビア大学教授、1791英国王立協会会員、 1800電池を発明、1801ナポレオンにより伯爵の位を授与、1819パビア大学退官、1827コモで死去、 82才
表2 ガルバ-ニとヴォルタの経歴


 ボロニア大学の解剖学の教授で医学者であったガルバーニ(Luigi Galvani)は筋肉の収縮運動についての研究を行っていました。そのころには、静電気を人体に加えるショック療法で病気をなおす試みが行われていたし、電気ショックによって筋肉が収縮することも知られていました。1789年のある日偶然にも鉄と黄銅でできた手術用のメスで蛙の足を鉄格子に押し付けたとき、急に蛙の足が動き出したのを見逃さなかったのです。すなわち二種類の金属と蛙の筋肉とのあいだに何か関係があるに違いないと考えついたのです。(図1、図2) 

図1 蛙の脊髄と足の間に二種類の金属を接触したものをあてると足が動いた。図2 ガルバーニの蛙の実験
(参考文献【1】)


 この場合、二通りの考え方ができました。すなわち、(1)もともと蛙の中に電気が存在していて、それに二つの金属が接触して「電気が流れて」、筋肉が収縮した。(2)「二つの異なった金属」から電気が発生し、蛙の足に「電気が流れて」筋肉が収縮した。この場合、蛙の足は検流計(検電器)の役目をしていることになります。ガルバーニは(1)の仮説をとり、これに「動物電気」と名づけました。多くの研究者が追試研究を行って、この実験を確かめました。この研究は大きな反響をよび、ガルバーニ協会(今の電気学会のようなもの)が設立され、電気の研究の中心となりました。
 後になって追試実験をしていたヴォルタは(2)の仮説のほうが正しいことを実験的に証明し、種々の異種金属の組み合わせを考え、電池の発明につなげたのです。ガルバーニは約10年の歳月をかけて間違った結論を出したことになりますが、静電気に対して「動電気」すなわち電気の流れ(電流)と異種金属の接触という考え方を提起したのです。これより、電気や化学の研究を活気づかせ、黄金の半世紀を迎えることになったのです。
 はなしは横道にそれますが、固体電子工学の根源は「異種物体を接合して、それらの内部にある電子をやりとりする」という点にあります。古くは、摩擦による静電気の発生(異種物質を摩擦熱で加熱して固体内の電子をもう一方の固体内に移動させる)、新しくは、鉱石(半導体)と金属の接触による整流器からトランジスタ、ICの発明となり、現在の情報技術(IT)革命へとつながってきました。
200年前に蛙の足が動いたのを見つけたガルバーニの興奮こそが研究者の求めてやまぬ喜びであると思います。学生諸君と一緒にこの喜びを味わいたいものです。
森谷 明弘
e-mail:moritani@riko.shimane-u.ac.jp
url:http://www.ecs.shimane-u.ac.jp/~moritani/
参考文献
【1】山崎俊雄、木本忠昭、「電気の技術史」(オーム社1992)


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