面白い電子制御の話 その4

パワーエレクトロニクス
整流回路とインバータ

2000.8.1


電気電子システム大講座 電気エネルギー制御研究室 舩曳繁之


パワーエレクトロニクスとは? −−

「パワー」:電気工学の言葉で言い換えれば,「電力」です。
「エレクトロニクス」:これを辞書で引けば,「電子工学」と説明されています。

それでは「パワーエレクトロニクス」とは,これら「パワー」と「エレクトロニクス」を合わせた造語なのでしょうか。その答えは,基本的には”Yes”です。

学問的には,1973年に米国Westinghouse社のW. E. Newell氏により下図を用いて次のように定義されました。

”電力の開閉,変換などを行う電力工学の分野,情報の処理,伝送,検出などを行う電子工学の分野,さらに電気工学のもう一つの柱である制御の分野とが,サイリスタを中心とする半導体技術の進歩発展により重なり合った総合的な技術分野”



電気(電気エネルギー)とは? −−

我々の生活の中で電気エネルギーはどのように役立っているのでしょうか。朝目覚めると,まず洗面所に行くでしょう。そのとき照明を点け,水道の蛇口をひねり,勢いよく出てくる水で顔を洗い,歯磨きをする。この照明の光は,電気エネルギーが光に変換されたものであり,水道の水は電気ポンプにより送り出されたものです。また,ヘアードライヤ,電気かみそりで身支度を整える。これらも全て電気エネルギーで動作する機械です。
このように我々の生活の多くは,電気エネルギー(電力)の助けにより営まれていると言っても過言ではありません。

我々の家庭に来ている電気には,情報量が含まれています。それは,周波数(東日本では50Hz,西日本では60Hz),電圧(100V),相数(単相)などです。電気エネルギーを利用する場合,これらの情報量の一つまたは複数を実質的に電力損失を生じさせずに変えることが電力変換と制御であり,これを行う技術が”パワーエレクトロニクス”です。うーむ!パワーエレクトロニクスも情報を取り扱う(変換する)技術であるとは,驚きですね。
このパワーエレクトロニクス技術のなかで基本となる回路技術が,整流回路とインバータです。次にこれについての話をしましょう。


整流回路・インバータとは? −−

整流回路は,交流の電圧・電流を直流に変換(順変換)する回路であり,電気の持つ情報のうち,主として周波数を変換・制御するものです。例えば,家庭に配電されている60Hzの電圧を直流の電圧に変換します。
インバータにおける変換動作は整流回路と逆であり,直流の電圧を低周波から高周波数の交流の電圧に変換(逆変換)します。



整流回路・インバータは実際にどこで使用されている? −−

電気製品の中に電子回路があり,そこにはIC,LSIなどが使用されています。これら半導体素子は直流電源で動作します。
一方,我々の家庭には商用の交流電圧が配電されています。従って,交流で配電された電圧・電流を直流に変換する必要があり,これを整流回路が行っています。すなわち,我々が日頃使用している電気製品には必ず順変換を行う整流回路が入っています。
よく用いられている整流回路は,コンデンサインプット形整流回路と呼ばれる非常に簡単な回路構成のものです。この回路では,電流波形が断続し,パルス状であるため,入力力率(これは回路理論の講義で説明されます)が悪い,低次高調波を発生する等の欠点を持っています。
え!入力力率が悪い,低次高調波を発生するとどうして困るのかって。入力力率が悪いと,同じエネルギーを伝送するために大きな装置を必要とします。低次高調波を発生すると,電力系統に繋がれている他の機器に悪い影響を及ぼします。
そこで,このコンデンサインプット形整流回路の欠点を改善する回路として,最近ではPFC(Power Factor Correction)タイプの整流回路が開発,実用されつつあります。これについては別の機会に説明することにします。


インバータは,家庭で使用されている電気製品の名前でもよく耳にする単語です。
特に,インバータエアコンは有名です。インバータの出力は,家庭に配電されている交流電圧のように正弦波なのでしょうか。


パワーエレクトロニクス回路で用いられる電力用半導体スイッチ(具体的には,サイリスタ,パワートランジスタ,MOSFET,IGBTなどです)は,これを料理で例えるならば包丁であり,電圧や電流が材料(食材)になります。従って,包丁で材料を切ることになり(この包丁は非常に切れ味がよく,数百ナノから数マイクロ秒でスッパと電圧,電流を切ります),インバータの出力もそれと同じように切り刻まれたものとなります。ところで,インバータではこの切り刻まれた波形の平均が我々の家庭に送られている電気と同じ形である正弦波状になるように切り刻みます。しかし,この刻まれた波形が曲者であり,これが色々な障害を及ぼすこともあります。


身近なものでは,ノイズ,電波障害です。例えば,研究室で製作したインバータを動作させると,その周りではAMラジオは雑音のために聴くことができなくなるほどです。また,発生した高調波が電力系統に接続されている力率改善用のコンデンサバンクに障害を及ぼし,コンデンサが壊れるという事故も報告されています。
しかし,このようにパワーエレクトロニクス回路で発生した高調波も,”毒は毒をもって制す。”で,パワーエレクトロニクス技術の一つであるアクティブパワーフィルタ(電力機器で発生した高調波をキャンセルする高調波を発生する装置)によって抑制できます。

最後にインバータエアコンを例に取り,インバータの実用例を説明します。
冷房で使用する場合,モータによって駆動される圧縮機で冷媒を液化し,室内機の熱交換器で熱を吸収,室外機の熱交換器で廃熱しています。
エアコンのモータをインバータで断続なく駆動することによりきめ細かく冷暖房能力を制御でき,消費電力の低減と温度変動を少なくすることが可能です。(最近のインバータエアコンのカタログをみると,電力使用量が何年か前の機種に比べ幾ら安くなっているかを記述したものをよく見かけます)さらに,高速運転により冷暖房能力を高めることができます。
エアコンにはパワーエレクトロニクス回路として整流回路とインバータが使用され,整流回路で単相100Vの交流電圧から二百数十Vの直流電圧をつくり,インバータで数十Hzから100Hz程度の三相交流電圧を発生させ,この交流電圧によりモータを駆動しています。
これにより暑い夏も快適に過ごせるわけです。


この他,家庭で使用されている電気製品には多くの整流回路,インバータが用いられています。IH炊飯器,電磁調理器,照明器具,冷蔵庫,洗濯機,パソコン,さらに最近見かけるようになった太陽光発電・・・・・・。

電気の基本的なことについて知りたい方は,電気学会のホームページにある”電気の不思議”をご覧下さい。


参考文献
[1] 宮入:基礎パワーエレクトロニクス,(平元)丸善



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