ここでは、主な研究の紹介をします。まだ話題はありますので随時更新していきます。

 現在、当研究室ではエンジンの熱流体に関連した研究を主として行っています。エンジンは、自動車、航空機、ロケットなどで推進力を得るために使われています。そこでは、燃料を燃やした熱から動力を得ていますが、このエネルギー変換の効率を上げることや排気ガスの有害性を減らすことは重要な課題です。それらに関連した研究を以下に紹介します。


(左から自動車エンジン(マツダ)、航空エンジン(ロールスロイス)、ロケットエンジン(アポロ計画))


溶融金属の流動および凝固特性
噴霧の微粒化
混合バイオ燃料の特性
振動燃焼の制御
SUSANOOモデルジェットエンジン
学生の研究テーマ例
    

溶融金属の流動および凝固特性

 耐熱超合金も製造プロセスの際には、溶融金属として流体の振る舞いをします。この流動特性は液体燃料と似ていますが、温度によって凝固すること、その熱力学特性は組成によることなどに注意が必要です。
 ここでは、例として金属3Dプリンティングを紹介します。金属の微細な粉末をレーザー光をスイープさせることで局所的に溶融・凝固を起こさせうまく加工する方法です。レーザー光のパワーやスイープ速度、金属の物性による吸熱特性や溶融特性などによりさまざまな挙動を示します。特に、局所的な空隙ができるメカニズムを解明して制御すること、蒸気の発生特性を明らかにすること、また複数の金属粉末を使用して溶融後に混合すること、などは興味深いテーマです。
 図1は、レーザー光の伝播、吸収、反射を追跡するRay tracingという手法でNiの微粉末を溶融・凝固させている様子です。温度が上がることで金属が融け、局所的に液体金属の溶融プールができます。この液体金属は局所の圧力、表面張力、流れの影響で変形し、レーザー光がスイープした後は温度が下がり凝固します。また、この過程で金属の蒸気も発生します。このような研究で適切なパラメータの設定法を解明し、工業的に様々な加工を実現することが期待されます。


図1:金属3Dプリンティングのシミュレーション例。Niの粉末をレーザーで溶融しています。表面の色は温度を示します。右側の図の黄色の線はレーザー光の光路の軌跡です(+z方向から下(-z方向)に照射し、+x方向にスイープ)。

・関連する論文(成果発信のページをご覧ください)
Zhang et al., Nat. Commun. 2024
Shinjo et al., Addit. Manuf. 2024
Dai et al., Int. J. Machine Tools Manuf. 2023
Aliyu et al., J. Mater. Res. Technol. 2023
Shinjo et al., Addit. Manuf. 2023
Aliyu et al., Int. J. Refract. Met. Hard Mater. 2023
Shinjo & Panwisawas, Addit. Manuf. 2022
Panwisawas et al., Addit. Manuf. 2021
Shinjo & Panwisawas, Acta Mater. 2021

噴霧の微粒化

 自動車や航空機のエンジンでは一般に液体燃料が使われています。液体は運びやすく密度が程好いので使いやすいのです。エンジン内では燃料を高速で噴射し細かい霧状にします。これを微粒化(atomization)と言います。そうすることで表面積を増やし、蒸発や混合が起きやすくします。すでにエンジンでは実用化されているわけですが、噴霧の形成の物理は実はまだ詳細には分かっていません。今後、さらに環境問題等に対応するためには噴霧の設計がますます重要になってきますので、噴霧形成の物理を正確に把握することは重要です。

(1) 微粒化の詳細物理(直接数値計算)

 本研究では、直接数値計算(モデルを用いずに気液界面の変形・分裂などを直接追跡する)の手法でディーゼル噴霧を模した高速液体噴射のシミュレーションをしました。その結果、高速に噴射された液体が空気に衝突して先頭部が巻き上がる様子や、巻き上がりのエッジおよび噴射液柱コア表面で不安定化が起こって液体が分裂し糸状の構造(液糸)を作る様子、さらにはその液糸から液滴が生成される様子などが詳細に明らかにされました。
 また、本結果を蒸発があるケースに拡張して、蒸気と空気の混合の様子や、液滴が存在する場での乱流の特性なども調べることができました。
 現在、これらの結果はモデル化のための基礎データとして活用されています。そして、噴霧燃焼の予測と設計の高精度化に役立つべく研究を続けています。


図2:巻き上がる先頭や不安定化した液柱コア表面から糸状の液糸が分断しています。


図3:ズームしてみると液糸から液滴が生成されているのが分かります。これは表面張力によるものです。

・関連する論文(成果発信のページをご覧ください)
Shinjo et al., Proc. Combust. Inst. 2015
Shinjo & Umemura, Proc. Combust. Inst. 2013
Shinjo & Umemura, Proc. Combust. Inst. 2011
Shinjo & Umemura, Int. J. Multiphase Flow 2011
Shinjo & Umemura, Int. J. Multiphase Flow 2010

(2) 微粒化の詳細物理(実験)

 本研究は、名古屋大学宇宙航空研究開発機構との共同研究です。当研究室は、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」内で行われる宇宙実験「落下実験から生まれた新しい微粒化概念の詳細検証~乱流微粒化シミュレータの構築を目指し~(実験責任者、梅村章名古屋大学名誉教授)」に共同研究者として参加しました。この研究では、微粒化の根源である表面張力の働き、特に液糸から液滴を生成する過程を低速噴射液を用いて無重量環境下で詳細に調べます。そしてその中で、表面張力波の果たす役割について調べます。これまで、このような実験は地上では鉛直下方に噴くしかなく、そこでは必然的に重力による加速効果が入っていました。重力による加速は表面変形を不安定化するため、本来の表面張力による不安定化と重なってしまい、現象を見づらくしてきました。これに対して、梅村教授が提唱する表面張力波による自己不安定性機構を実証するのが本実験の目的です。そのために、重力の影響がない国際宇宙ステーションを用います。
 実施は2018年でした。宇宙実験により長時間の観察が可能になり、液柱の先端の影響と表面張力波により自己完結的に分断が繰り返される様子を見ることができました。この知見は、微粒化モデルの構築に活かされています。

図4:ISSイメージと低速噴射液の分断例。先端の影響と表面張力波により自己完結的に分断が繰り返されます。(左下)Umemura, J. Fluid Mech. 2016より、(右)今回の宇宙実験の結果(Umemura et al., Microgravity Sci. Technol. 2020)。

・関連する論文(成果発信のページをご覧ください)
Umemura et al., Microgravity Sci. Technol. 2020
Umemura, J. Fluid Mech. 2016
Umemura & Osaka, J. Fluid Mech. 2014
Umemura, Phys. Rev. E 2011
Umemura et al., Phys. Rev. E 2011
Shinjo & Umemura, Int. J. Multiphase Flow 2010
梅村 他、日本航空宇宙学会論文集、2010
梅村 他、日本航空宇宙学会論文集、2010
新城 他、微粒化、2009
新城 他、日本航空宇宙学会論文集、2007

(3) 噴霧のモデル化(噴霧シミュレーション)

 本研究は、名古屋大学との共同研究、および北海道大学マツダ株式会社との共同研究です。(1)のような直接数値計算はモデルを含みませんが、大きな計算機資源を必要とする上に計算領域が小さい範囲に限定されるため、噴霧燃焼の実用的な計算を行うのには非現実的な手段です。そこで、モデルを用いた噴霧シミュレーションに期待がかかるわけですが、これまでの噴霧シミュレーションはノズル直下の一次微粒化領域((1)で解析した領域)をうまく扱えなかったために実験データをもとにチューニングする必要があるなどの問題点がありました。本研究では、これまでの知見の蓄積をもとに微粒化物理を正しく取り込みながら新たに提案された微粒化モデル(Umemura, Combust. Flame 2016)をシミュレーションに取り込みました。微粒化には乱流共鳴モードとRayleigh-Taylor(RT)モードを組み込んであります。このモデルの実装のために、Euler-Euler法とEuler-Lagrange法のハイブリッドのラージエディシミュレーション(large eddy simulation; LES)コードを構築し、その有効性を確認しました。

 本手法の優位性は、以下のようです。
- モデルの中に恣意的パラメータを含まず、実験結果を見ながらのチューニングが必要ありません。
- ノズル直下から液柱コアも含んで解析しているため物理的に一貫しています。そのためノズル上流の噴射装置の細部にも拡張できます。
 これまでこのように微粒化モデルが完全に閉じた噴霧解析コードはありませんでした。本コードでは、噴霧の発達や微粒化特性において予測性が格段に向上しています。このようなコードは、研究のみならず産業界でも広く使われることが期待されます。


図5: モデル噴霧シミュレーションによるディーゼル噴霧(口径0.3mm、噴射速度200m/s、コールド噴霧)。
噴霧全体と内部の液柱コアを示しています。過渡的な噴霧発達がとらえられています。

 また、流れ条件を高温雰囲気中への噴射に変更し、蒸発や自着火の特性も調べました。噴射ノズルから噴出された液柱コアの周りでは乱流微粒化が起こり、液滴の数密度が高い状態になった濃い噴霧層が形成されます。この噴霧層は液柱コアとともに下流に伸びていきます。雰囲気温度が高温でも噴射した液体は低温のため、雰囲気の熱は濃い噴霧層内部には浸透できず、濃い噴霧層の内部は低温で噴霧層の外縁部のみで蒸発がおこるいわゆるsheathモードの状態になります。これは液柱コアが微粒化し切ってなくなるまで続きます。着火のタイミングは、雰囲気温度から決まる着火遅れ時間によりますが、噴霧付近で着火が起こる場合にはその発熱により気相の流れが影響を受け、その後の噴霧全体の発達にも影響します。そのため、エンジン全体の噴霧燃焼の特性の向上のためには本研究のような手法で噴霧の正確な予測をすることが重要になります。


図6: 初期ディーゼル噴霧(口径0.3mm、噴射速度200m/s)の蒸発と初期着火。
左図は蒸発時(ただし燃焼無し条件)の温度等値面(600K)で、右図は赤い部分が自着火した領域を示します(1500Kの温度等値面)。

・関連する論文(成果発信のページをご覧ください)
Umemura & Shinjo, Proc. Combust. Inst. 2021
Shinjo & Umemura, Combust. Flame 2019
Umemura & Shinjo, Combust. Flame 2018
Umemura, Combust. Flame 2016

混合バイオ燃料の特性

 バイオ燃料とは、主に植物由来の成分(油脂など)を精製してエンジンの燃料として使えるようにしたものです。燃焼はさせますが、もともと植物が成長するときに二酸化炭素を吸収しているとの考え方からトータルでは二酸化炭素を増やさないとされています。石油由来の燃料に近いものができますが細かい物性は違いますし、いろいろな制約から多種の燃料を混合させて使うことが一般的です。そこで、エンジン燃焼に関係するさまざまな性質、例えば加熱・蒸発・燃焼などの特性を把握しておかなければなりませんが、まだまだその研究は十分とは言えません。
 本研究では、小さいスケールである液滴および液滴群におけるそれらの性質を調べました。燃料の組み合わせとして想定しているのは、(石油由来の)ディーゼル油、バイオエタノール、バイオディーゼル油です。混合時はエマルジョンと呼ばれる状態(ディーゼル油中にエタノールが分散している)になっています。加熱時には、その物性の違いによって含まれているエタノールが先に沸騰(突沸)する場合があります。これは液滴を細かく分裂させる場合があります。これを二次微粒化と言います。これはうまく利用すると混合促進になるので、その特性も詳細に数値計算で調べました。
 その結果、二次微粒化・蒸気混合(図7、8)や燃焼(図9)についてこれまでになかった細かい知見が得られました。現在は、これを噴霧シミュレーションに組み込むためのモデル化に取り組んでいます。


図7:突沸と二次微粒化の様子。右上と右下に蒸気の噴き出し(赤色)が起こり、二次液滴がいくつかできています。


図8:液滴群で突沸による蒸気噴き出しと二次微粒化が起こったときの液滴間干渉の様子です。(図7とは色遣いが少し違います)


図9:燃焼条件下での突沸によるエタノール蒸気噴き出しと火炎の干渉。火炎領域は右側の青色部分で、エタノールのモル反応率を色で重ねてあります。

・関連する論文(成果発信のページをご覧ください)
Tanimoto & Shinjo, Fuel 2019
Shinjo & Xia, Proc. Combust. Inst. 2017
Shinjo et al., J. Fluid Mech. 2016
Shinjo et al., Atom. Sprays 2016
Shinjo et al., Phys. Fluids 2014

振動燃焼の制御

 ガスタービンの燃焼器から排出される窒素酸化物(NOx)を減らすには希薄予混合燃焼方式を用いて火炎温度を下げることが有効です。(サーマルNOxの生成は空気中の窒素の酸化が主たる原因ですが、これには火炎の温度が生成率に直接に効くからです。)しかしながら、希薄予混合燃焼は燃焼が不安定になりやすいという欠点があり、ひどい場合には火炎が吹き消えたり、振動で燃焼器自体を破壊してしまうこともあります。
 そこで、燃焼が不安定になったときに何らかの能動制御をして燃焼を安定化する方法を探ったのが本研究です。本研究は、実際に燃焼させて制御を行った実験的研究(Tachibana et al. Proc. Combust. Inst. 2007)に対応する数値計算を行うことでより深い物理的理解を得るために行われました。メタンを主燃料とし、火炎基部に濃いメタンを能動的に噴くことで局所発熱率を変化させて制御を行うこととしました。その結果、制御が効いているときには、燃焼器内の圧力・速度・発熱の間で形成される振動維持ループが若干変化を受け、振動が起こりにくくなっていることがわかりました。


図10:実験での音圧レベル(SPL)が制御により減少する様子。(Tachibana et al. Proc. Combust. Inst. 2007)


図11:燃焼制御が行われているときの火炎の様子。

・関連する論文(成果発信のページをご覧ください)
Shinjo et al., Combust. Flame 2007

SUSANOOモデルジェットエンジン

 地元企業グループSUSANOOと協力し、モデルジェットエンジンを製作しています。小規模の遠心圧縮型のモデルエンジンですが、実際に燃料を燃焼させて作動させることを目指しており、学生や若手技術者でものづくりの楽しさを共有する試みです。この中で1つ1つの課題に直接取り組むことで課題解決のプロセスを学びます。SUSANOO企業は、金属部材、特に難削材である特殊鋼の加工を得意としておりその技術をフルに活かします。また、本事業はフォックスコーポレーションの協力も得て実施しています。下に現バージョンでのCADでの組み立て図を示します。


図12:プロトタイプエンジンのCAD図。

 エンジン内では温度が高くなるところがあります。特に燃焼器からタービン、排気口にかけては高温になります。ここには超耐熱合金の1つであるインコネル718を使用し耐熱性を持たせています。また、応力のかかるところには高強度のマルエージング鋼を使ったり、逆に強度が要らずに軽量化がしたいところにはチタン合金やアルミ合金を使ったりしています。このような金属材料の使い分けや、熱処理、加工法などについて学ぶいい機会になっています。
 第1回目の燃焼試験を2021年4月に行いました。今回はシステムチェックのためにごく低出力で回転させており、毎分13,000回転までで作動を止めています。まだ低出力のため排気口からの火炎が完全に引っ込んでいませんが、エンジンが回転して作動していることが分かります。今回の試験後、一度分解して内部の観察と技術課題の検討を行っています。改良点がいくつか洗い出されてきたので、設計改良および部品の再製作を行いました。
 第2回目の燃焼試験を2021年10月に行いました。今回は短時間ですがアイドリング状態(毎分21,000回転)での自立運転を達成しました。このためエンジンシステムとして成立することが確認されました。今後は、長時間運転と性能の向上を図っていきます。
 また、効率向上のために圧縮機やタービンの翼形状の解析を数値シミュレーションで行っています。これらの知見もさらなる改良に活かします。


第1回目の燃焼試験の様子
(点火を排気口から行い、次第に燃料供給量を増やしていき、02:14でカットオフし以降冷却しています)


第2回目の燃焼試験の様子
(点火を排気口から行い、01:22から20秒間自立運転できています。その後停止させています)



図13:タービン静翼・動翼周りの流れの数値シミュレーション例(温度と流線)。

学生の研究テーマ例

<2022年度>
卒業論文
・直線翼垂直軸型風車の翼型ブレード周りの2次元数値解析
・数値解析を用いた紙飛行機の滞空時間向上において昇降舵が与える影響ついての研究
・ジャイロ効果を用いたアーチェリー矢の飛行姿勢安定化についての研究

<2021年度>
卒業論文
・旋削加工におけるピエゾボルトおよび半導体ひずみゲージを用いた切削抵抗のモニタリング
・追越自動車が発生させた風圧が車道走行中の自転車へ与える空気力学的影響
・数値解析を活用した小型ジェットエンジンのタービン設計

<2020年度>
修士論文
・小型ジェットエンジンの遠心圧縮機・タービン翼周りの流体解析と翼形状の改良指針について
卒業論文
・圧縮自着火ロータリーエンジンの混合気形成・二次元流動シミュレーション
・オートバイのヘッドライト形状による身体への雨粒の付着軌道解析
・2種類のシェブロンノズルによる低速気流と高速ジェットの混合促進について
・気相多重混合層における液滴粒子の分布について

<2019年度>
卒業論文
・非円形ノズル噴流の温度特性と形状特性の数値解析
・先行車両に後続するFormula1カーのフロントウイングまわりの空気力学特性の数値解析
・航空機エンジン燃焼室内における火山灰の付着軌道解析

<2018年度>
修士論文
・LESによるせん断流れ中の液滴と乱流の相互作用の数値解析
・自由液滴と壁面接触液滴におけるエマルション燃料の突沸による微粒化の数値解析
・キャビテーションによって生じる液体の速度変動及びそれが噴霧微粒化に与える影響の解析
卒業論文
・室内における空気清浄機による花粉捕集のシミュレーション
・数値シミュレーションによる気流中での球のモデル作成とその2次元飛翔特性
・混合層の発達における加振振幅と周期の影響について
・数値解析によるノッキングの簡易的理解

<2017年度>
卒業論文
・CHEMKINを用いた層流火炎構造の基礎特性の数値シミュレーション
・隊列走行時における大型輸送車両の空気抵抗と流れ構造
・自動車形状における車体側面の絞り込みによる空気抵抗の低減
・数値シミュレーションによるタービン翼周りの流れ場の性質の解析について

<2016年度>
卒業論文
・高速気流による液体燃料の初期微粒化の数値解析
・物体に衝突する流体の非定常流れの数値解析
・ごみ焼却炉内の排気ガスと空気の混合流れの数値解析
・急縮小管内の高速流体流れの数値解析

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