環境立国への道 −真の景気回復とは−

H11.1.6 古津年章

 

終戦後、我々の先輩は廃虚の中から立ち上がり、日本再建のための努力を重ねた結果、日本は今日のような経済大国となった。現在の豊かさはこれら先輩のおかげである。しかしながら、これまでの努力は経済的な豊かさの追求に重点が置かれ、経済的な効率向上が重視された結果、今日見られる様々な社会的歪みが深刻化する弊害を招いた。それらの歪みで最も大きな問題として、利益誘導型政治による国家運営、国のビジョンの喪失、精神的教育の軽視などが挙げられる。科学技術は、経済的効率の向上に大きな貢献を行ったが、残念ながら、これらの歪みの解決にはほとんど寄与して来なかった。更に科学技術が余りにもハイテク化した結果、その開発に莫大な費用がかかるばかりか、誰もその全貌もその将来も予測できず、単に巨額の開発費を吸収し続ける、実態を生んだ。

上のような諸問題の帰着として、地域規模から地球規模へまたがる環境問題が発生した。その解決には多くの努力が傾注されてきたが、経済至上主義社会の力の前には、あくまでも二次的なものとして扱われてきた。

  今回の長引く不景気は、バブルの後遺症に加えて、上に述べた20世紀の経済社会への問題提起が水面下で大きくなされつつあることを意味する。不況とはいえ、多くの家庭では物が溢れ、食べ物や不要品は惜しげもなくゴミとされる。その中で廃棄物処理は多くの地域的環境問題を引き起こしており、国中がダイオキシンなど環境ホルモンに汚染されようとしている。このような状況で、政府は更に何でもいいから物を消費しろと商品券を配り、我々に無駄使いを奨励している。食べ物で一杯で便秘に苦しむ胃腸に更にご馳走を食えと強いている。我々は我々の子孫に残せる国はあるのだろうか?

壮大なる無駄を省く

国・地方合わせて600兆円もの債務負担の中、景気回復のため新たに30兆円もの国債を発行して債務を増加させた。原子力発電の推進はじめ多くのビッグプロジェクトは継続された。政府や政党は事業内容や方法の抜本的見直し努力、業務の中での支出切りつめ努力を行っているのだろうか?果たして真剣に自ら血を流して財政再建と景気回復を行おうとしているのか?景気回復をネタに我が省の予算や権限を増やそうという努力に終始していないだろうか?

エネルギー節約は21世紀生き残りの鍵

日本人は元々質素倹約を重んじる民族であった。自然と調和し、自然の中で生かされていることを実感し、それを文化に表現してきた。その精神には、いつも祖先からの伝統を受け継ぎ、未来世代へ引き継ぐという時間の流れの中での自分たちの世代の自覚があった。それがいつのまにか、浪費を重んじ、金儲けを人格の向上より重視する民族になってしまった。我々の目指すのはこのような民族なのだろうか?

人間の幸福とは何かを原点に戻って考えるべきである。その条件は、生物としての人間の認識、言い換えれば、時間の流れの中で我々の果たす役割の認識、自然の中で生かされている認識である。こう考えたとき、社会の経済活動における必要条件として、未来によりよい社会を残す経済活動が求められる。それは、無駄を省き、環境を守ることを最優先、前提条件とした経済である。いかにこれらを達成しているかが、価値の尺度とされる経済である。

このような経済システムは簡単に実現できるわけではない。しかしとにかく目標に向かって一歩踏み出さねばならない。この不況の中そんな余裕はない、という意見が大勢かも知れないが、環境経済への方向転換こそ、この不況を脱却する有効かつ唯一の方法である。なぜなら環境経済への移行は、

・物の生産と同じ重みを廃棄物処理とその再利用に置く。すなわち物の流れの動脈と静脈を常に意識した物作り(とその処理)である。静脈部分は現在の経済ではほとんど空白である。すなわち、新しい需要と産業と雇用を生み出す。これは日本の経済システムの中で現在まで未開発の、また極めて大きな発展分野である。

・環境経済では、自然の力を最大限活用し、共存することが求められる。従って、農林漁業の役割が大きくなる。また、極端に高度なハイテクに頼る経済から、誰でも創意工夫ができ、それが役に立つ幅の広い技術を中心とした経済への移行であり、中小企業の役割が大きくなる。現在極めて衰退したこれらの産業を再生し、バランスのとれた国を作る道を開く。

・現在多くの国民が内心深刻に感じている不安の多くは、浪費は大量廃棄への罪悪感、環境悪化への懸念に関連する。物を購入して、それがまた再生され、環境に負荷を与えないという安心感は国民の経済活動を積極的にする。特に子供を生み、育てる女性への影響は大きい。これが出生率上昇につながり、国の今後の発展に好材料となる。

・環境経済への移行は、人の心に影響する。単に物や金に価値観を見出す人生感から、人、社会、自然との共生や芸術的創造性に価値観を見出す人生観を増やす。特に教育的効果は大きい。

・エネルギー消費削減の結果、省エネ技術の国際的普及やCO2削減を通して地球温暖化対策に貢献できる。またCO2削減は排出量取り引きを通して国家収入に寄与できる。

本当にできるのか?

お題目を唱えるだけでは、前にすすむことはできない。そのためには、強力な政治的リーダシップと適切な政策が必要である。まず省益優先の官僚の厚い壁を破らねばならない。次に資金をどこから生み出すかである。そのためには、大型公共事業の見直し、原発からの段階的脱皮、行政機関、関連法人の徹底的な合理化と、環境経済システムへの構造変革、要員のシフトが必要である。これによって、基本的には国債発行に頼らず、日本環境経済構築資金を生み出す。この資金は、リサイクル、特に大幅なデポジットシステムの導入によるごみの削減とリサイクルシステムの構築、リサイクル技術研究開発のための補助金、無利子融資、環境によくないまたエネルギー消費の多い物の生産を抑制し、環境に優しい物の生産をすすめる不公平消費税の導入、などに使用し、広く全国の企業や個人経営者に恩恵がゆきわたるよう配慮する。鍵は、環境によくない商品を抑制する各種税の導入であり、これによりある程度資金を確保することである。

原発は段階的に廃止

特に重要なのは、原発からの段階的脱皮を図るための省エネ技術開発、風力、地熱など自然エネルギー供給システムの開発であり、原発推進のための補助金は廃止、研究開発は中止する。但し放射性廃棄物処理、廃炉処理技術の研究開発だけは重要技術であり、引き続き推進する。このエネルギーシステム転換は、少なくとも6つの重要な側面を持つ。

・大量エネルギー消費社会からの脱皮の鍵であり、国民にその意識を植え付けること、

・莫大な原子力関係予算の削減は大きな資金源の確保につながること、

・膨大な放射性廃棄物の山が今後も増え続けるという未来世代への負の遺産にストップをかけられること、

・電源供給地が消費地の犠牲とならないこと(原発は村の観光資源にならないが、風車の村は人を引き付ける、住んでみたいと思う)、防衛政策に合致する(集中エネルギーシステムから分散システムへの移行、エネルギー自給、また原発は格好の非核ミサイルの標的となる)こと、

である。

環境保護は日本再建の条件

人類は誕生してから今まで自然は無限であり、その恵みを受けるだけであった。それで十分であった。しかし人類は今地球環境さえ破壊する力を有するに至った。現代文明の発展の帰結が地球環境と人類を含めた生態系の破壊では余りにも惨めである。そのようなことになったら我々の世代は未来世代に何と言い訳をするのであろうか?

  21世紀を間近に控えた今、不況に国があえぐ今、我々が方向を変換できる最後のチャンスである。ビジョンなき国に未来はない。未来を語れない大人により教育される国には次世代の人材は育たない。ダイオキシンが恐くて子供が生めないような国では女性が元気になるわけがない。女性の元気がない国の景気がよくなる道理がどこにあろうか?

  道は険しい。しかしやるしかないのである。国民の意識のベクトルが揃ったとき、我々の持つ技術開発能力と自然調和の伝統が復帰したとき、この国の未来が見えてくる。