表面界面における構造素励起の物理
表面界面における構造素励起の物理
物質の表面界面では、原子配置の並進対称性の破れに起因する様々な特異な物性が期待されますが、そのような表面界面に生じる構造的「素励起」は興味深い現象です。表面界面近傍で は、並進対称性の破れにより原子構造の揺らぎが生じやすくなり、表面吸着子や格子欠陥という構造的「素励起」が現れやすくなります。しかも、表面界面においては、電子分布の偏りや歪みの偏り、さらには温度の偏りが発生し、それらが構造的「素励起」に様々な影響を与えます。
現在はまだ個々の事例の蓄積の段階ですが、我々は長年にわたりバルクの Si や GaAs 中の格子欠陥の物性についての知見を蓄積した一方で、Si/Si 酸化物界面の構造的素励起についての検討を行って来ました。この界面では、酸素が供給されると酸化が進行して Si が Si 酸化物に変換されるだけでなく、格子間 Si 原子が同時に界面から発生し、この格子間 Si 原子の Si 酸化物中への拡散が酸化の進行や Si 酸化物の様々な物性に影響していることがわかっています (Kageshima et al, Jpn. J. Appl. Phys. 45, 694 (2006))。実験的にも、Si 同位体を用いた手法により、界面起因の格子間 Si 原子が Si 酸化物中に存在し、それが Si 酸化物中の原子の拡散現象に影響を与えていることを確認しています (Uematsu et al, Appl. Phys. Lett. 84, 876 (2004))。
一方、SiC 表面上では、高温アニール時に Si の表面からの脱離による Si 組成の減少により、C の余剰が発生し、この余剰 C が吸着子として表面で凝集することによりグラフェンを形成します。我々は、 Si 脱離によって生成される Si 原子空孔と、余剰 C による吸着子の表面における安定性を理論的に検討しました。特に、表面の対称性をさらに破っているステップ端に着目した結果、Si 原子空孔のステップ端からの生成には C 原子空孔のステップ端からの先んじての生成がキーであることを発見し、様々な条件の実験において形成されるグラフェンの品質の違いを説明することに成功しました (Kageshima et al, Phys. Rev. 88, 235405 (2013))。さらに、実験において形成されるグラフェンの品質に関する SiC 表 面方位依存性についても説明に成功しています(Kageshima et al, e-J. Surf. Sci. Nanotechnol. 14, 113 (2016)).
そして、全面が表面で覆われた二次元物質である自立した単層 h-BN の多原子空孔について、その安定性と電子状態の帯電状態依存性を検討。エッジエネルギーも算出しサイズ依存性を予測した結果、 負に帯電した原子空孔ほど安定となる傾向にあるが、大きなサイズのものほど不安定であることを確認しました (Urasaki et al, Jpn. J. Appl. Phys. 56, 025201 (2017))。同じく自立した二次元物質単層 MoS2 の多原子空孔についても、その安定性と電子状態の帯電状態依存性を検討し、h-BN と同様に負に帯電した原子空孔ほど安定にあることを確認しました。しかし、単層 MoS2 においては環境によっては大きな原子空孔ほど安定となるという、h-BN に無い特徴も持つことを発見しています (Urasaki et al, International Conference on Solid State Devices and Materials 2016, Tsukuba, Japan)。
様々な半導体表面界面について第一原理計算を用いることにより物性の詳細を調べ、様々な事実を蓄積することでその背後に普遍的に存在する物理的機構を明らかにすると共に、総合的に構造的「素励起」の物理を理解することが、最終的な目的です。
参考: シリコン酸化の機構解明